あんよね。

片面印刷チラシの裏みたいなもの。

普通が一番難しいのです。の話。

こんにちは。

何か、蒸し暑い日です。

蚊が飛んできそうな空気感です。

蚊取り線香でも焚こうかと思います。はい。

 

んと、先生の話を書いたので、ついでにそれにまつわるというか

付属する思い出の話でも書きます。はい。

 

私は、どちらかというとクラスで目立つ部類に入る子どもだったと思います。

まず、一番最初の集団に属した時にカウンターパンチの如く

保育園の保育士より、母親は「この子は将来、手の付けられない大悪党になるか

逆に大化けするかどっちかです。いずれにしても、普通には育ちません。」

というような事を言われたそうです。はい。

その後、近隣の保育園が合併して新しい園になってからは特に言われなかった

ようですが。

まぁ、私も酷かったし、保育士も更年期だったのかもだし、とにかく相性も最悪だったんだと思われます。はい。

で、その言われた事を小学校入学前の私本人に言う母親もどうかと思いますが、

この言葉を母親から言われた時は、あぁ、これは言われて悔しかったら意地でも普通に育てってことなんだと、母親からの強いメッセージを感じましたよ。えぇ。

ま、何をもって普通なのかが一番難しいところなのですが、ね。

と、メッセージは感じたものの、入学早々不登校児になってみたりとはみだしてて母親としては気の休まることはなかったとは思いますが、うちには他にも3人子がいましたし、私だけに集中できないしで、私にとってはそれが良かったので、祖母、父、姉、妹、近所の人、同年代の周りの子との関わりもあり、普通の範囲内に育ちましたよ。多分。。

自分でも自分なりに極力、目立たないように風景に溶け込むようにしてました。

注目されるのが苦痛だったんですよね。苦痛というか、それに付属する周りの諸々の感情が伝わってきて疲れてたんです。はい。

中間子なのも手伝って、幼少時に共感力が非常に高かったのだと思います。

しかし、義務教育期間はクラスで目立ってしまってたんですよね。

まず、体格。平均じゃないので、視覚的に目立つ。

で、気が強いもんだから、猫かぶりでなるべくおとなしくしてるつもりだけれど

理不尽に思えると最終的に我慢できず年齢問わず意見するので隠しててもバレる。

でさ、何か見た目もぬいぐるみみたいで怖そうじゃないし、おしゃべりでもなかったので同性から話しかけやすい雰囲気だったんでしょう。

特定のグループに属してない状態だったんですが、特に不便もなくて本人は気楽でして

グループでも1人でも気にならないし、1対1で女の子は割と話をしに来たりしてたし、例えば組み合わせで1人になったとして嫌われてるからとか、嫌われてるのが事実でもそれがどうしたという感じでして、その原因を考えて答えが納得できるものならば気をつけるけれども、理不尽なことならば割り算で例えれば割り切れなかったんだなと余りとしか思わなかったんですよね。割り切れる方の数字になりたいという気持ちがまずないというか、同情とは違って、そういう悲観的に考えてしまう子がいる方が辛いというか、でも悲観的に考える子の方が普通に近いかも知れないからね、だったら私が余りの方が私自身の気持ちが楽だという感じで。

感覚的に相手の気持ちを察する能力が高い子は女子の方が数字的に多めだったし、私が基本的に自分本位なのが感覚でわかるから話しやすかったのかもです。

でもさ、私たちの年代はとにかく人数が多かったので、色んな子がいて

それぞれ自分のことに一生懸命だったので自分で色々考えていた気がします。はい。

人と違うのは当たり前のことだと思ってたというか。

それを踏まえて、どういう風に持ってくかと行動してたというか。

それって、普通のことと思ってたんだけども、やっぱり普通ではないのかな。

 

と、普通ってやっぱり難しいですよね。