あんよね。

片面印刷チラシの裏みたいなもの。

教師からの呼称について。

こんちは。

 

何か、ちょっと、かしこまった感じのタイトル。

書いてはみたが、頭の名で、ぐるぐるとまわる言葉は

わたしについて。

何かそんなタイトルの何かが昭和にあったようなないような。

 

ん、どーでもよい。

 

さてさて、また子坊主関連の話ですよ、はい。

今日は担任の教師の話題。

私は学生時代の恩師とかいません。

気の合う先生は中学の頃の社会担当の先生くらいでしたし。

なので、あまり期待もありません。

ですが、期待値が低いからなのかわかりませんが、子坊主の関わった

保育士、幼稚園教諭、小学校の教師、中学校の教師の中で

とても良い先生だなぁと感謝する方もいらっしゃいましたよ、えぇ。

どうなの?って方もいらっしゃいましたが。

 

で、現在の担任の教師の話です、はい。

20代半ばの男性教師です、はい。まだまだ新人の感じで

元々緊張しやすいタイプなのか経験値が低いからなのか

最初の保護者会の挨拶では、同じ接続詞を何度も言う感じの

ちょっと落ち着けって保護者が思ってしまう感じの方でした。

 

で、

先日子坊主から、担任が俺の事をニックネームで呼びかけだしたかもしんない。

と、話したのですよ、えぇ。

子坊主は、中学ではクラスメイトの大半から名前由来の

コジコジ”的なニックネームで呼ばれているらしいのですが

確かに、さらっとそう呼んだ気がすると。

その時は半信半疑と言うか、言った気がするけど聞き違いかも、くらい。

昨日は、本格的にはっきりとニックネームで呼び出したとのこと。

どう思う?との会話で私自身は、苗字の呼び捨てで呼ばれた事しか

記憶にないので、ちょっと抵抗があるかなとの話をしたんですよ、えぇ。

子坊主もやはり違和感あったから耳に残ったのだろうし。

で、通学バスもクラスも一緒の通称”◇ーくん”にその話をしたところ

◇ーくん曰く

 

俺なんて、気付いたら”◇ー”って呼ばれてるぜ、文字数多いだけまし。

 

とのこと。(子坊主は4文字)

 

何か笑ってしまいました。

平和だ。

 

 

母、父に諫められる。

こんちは!

 

秋の気配が近づいて来てますね、えぇ。

また、子坊主の話ですよ。

幼少時もよく話す子だったんですが、思春期真っ最中の現在もよく話します、はい。

只、現在は、以前だったら喧嘩にもならない事で口喧嘩もしますよ、はい。

だって、成長過程でそんな時期だろうから。安心もする。

今朝も、母子で小競り合いしてたんですよ、えぇ。

したらば、父親が私を手でちょっとちょっとと呼ぶわけです。

で、小さい声で、思春期なんだから、あんま、言うな。だって。

 

もうね、この人、子坊主ラブな人だから。趣味、子坊主及び釣り。

 

今日は父親も心に余裕のある日だったらしく、見守りに徹していたようです。

子坊主自身も、とーちゃん、俺に甘いからな、でも気分次第で甘やかしすぎだよな。

 

とかたまに言ってます、はい。

 

結論、

 

子坊主は思春期で、母は更年期。

なので、小競り合いが多いが、二人共に割と切り替え速いので

コミュニケーション芸と捉えていただければ幸いです、はい。

 

進学校に対する偏見なのか、子を気遣う親心なのか、問題。

こんちは。

 

ん、今日から2学期始まりました。

例の如く、ぎりぎり今朝まで粘って宿題片付けてた中2男子。

多分、手は付けてるけれども2つくらい完成していないものがあるはずですが

どうするのかな?

まぁ、先生とどう交渉したのか帰宅したら聞いてみようと思います。

 

さて、子坊主は中2。

そろそろ進学するのかどうするのか進学するのなら具体的にどこに行きたいのかとか

検討する時期です、はい。

学校の方からも1年時より希望する学校やら職業やら何かと考えを調査したり

そのきっかけにしてほしいのだか、そんな時間が多い気がします。

現在の中学ってそんな感じなのかな?

 

それでさ、ここらは田舎なので、公共交通機関使って通える範囲の学校って

限られているのですよ、えぇ。

私立は軒並み遠いので、片道2時間半かけて通うか、学校の近くに住むか

色々検討が必要です、はい。

実際、通っていたけれども、通学時間が長いので早朝出発の深夜近い帰宅で

途中より学校近くに居所探してそこからの通学に切り替えた子も。

 

小学低学年の頃は子坊主は一番近い高校に行くといってたんです、はい。

朝、ぎりぎりまで寝ていられるからという理由で、近くて良いと。

で、成長してきて情報も知人たちの動向も含めて、現在は

通える範囲の学校の中では進学校で世間一般に認識されている学校が

一番合ってそうな気がするみたい。

父親は地元なので、時代的にかその学校に進学した知人的にか

その学校に対する偏見みたいなものがあるのか、あそこは行かない方が

良いんじゃないか?とやんわり否定的な意見を醸してたんですよ、子坊主に、えぇ。

勉強ばかりして何するんだと、まぁ、何というか、父親の時代は偏差値世代なので

進学校の位置付けが生徒数も受験者数も多いから、学力合格ラインの乖離が

大きいのもあるのかも。

なので、勉強で苦労するのでは?と思ってるっぽいのです。

現在家で勉強してる姿みるのってツチノコ探すくらい大変なのに本当に大丈夫?って

地方違いますけど田舎の進学校に通った私としては、凄いおすすめなんですけどね。

何というか、日常生活が快適だったし、会う人会う人面白かったから。

どうでも良いマウントもないし、弱肉強食的な暴力的なものもないし、

周りを必要以上に気にし過ぎる子がいないのがとても素敵だったから。

そこも、何かそんな感じっぽい事を耳にするし良いんじゃないかなと。

まぁ、通うのは子坊主なので本人が決める事ですが、はい。

 

最近、父親が進学校でも良いよ的な雰囲気を出し始めてます、はい。

多分、子坊主の持ってくる成績表に割とイケるかもねと思ってきたみたいですよ、えぇ。

昔から、子坊主は交渉事が得意なので、幼少時は最終的に父親に却下されたけど

 

子の交渉力(4歳の頃) - あんよね。 (hatenablog.com)

 

高校受験では交渉成立しそうですね。

 

はやいねぇ、子供が大きくなるのって。

 

労働歌?なのかどうかは知らんけど

こんにちは。

 

雨ですねぇ。

 

また、書いてしまおうか、そうしよう。

 

子守歌と名の付く歌で、私が好きなのは

 

五木の子守唄

 

なんとも、やるせない歌詞のあの歌です。

子守唄というよりは、子守の子の労働歌のようなあの歌。

何か、子どもの頃に音楽の授業か?道徳の授業か?社会?

何の授業で聞いたかは忘れちゃったんですが、当時から凄く好き。

多分、歌詞は歌い継がれるうちに変化したり、そもそも元の歌詞はそれぞれ

違うのかもですが、何か力が沸くんですよね。

よっしゃー!とはならないけど、救いがある感じ。

そうよね、生きてるんだよね、今、現在。

色々あるけど、寿命くるまで生きてみようかって感じ。

 

あと、唱歌系では、ヨット。(波をけって~うねりを乗り越えて のやつ)

あの歌も大好きだったよー。

私の好きな本、ささやかだけれど役に立つこと、神の名のもとに

とか

私の好きなドラマ、家族の名において

 

中国ドラマ「家族の名において」 オフィシャルサイト (asiall.jp)

 

このドラマの私の一番好きなシーンは

 

第5話 「父さんの涙」

 

もう、何度見ても一緒に泣いちゃう。

父親の気持も子供の気持も凄い伝わるから、凄く共感するのです、はい。

 

 

んと、よざらんこと書くけど。

息子さんが指示厨だと感じるのは奥様の家での姿の影響そのままなんだと思うよ。

ていうか、何か読むだけで苦しい。

姉夫婦には望んでたけど子供がいなくて、現在はパワーカップルと言うか高収入で

その分、それぞれの甥とか姪を可愛がってくれるんだけど

姉が前に、うちの夫婦は自分達の子供がいたとしたら

潰してしまう親になってたかもと言ってた事があるんだよね。

姉も義兄も当たり前に努力できる人だから、多分だけど子供に求める物が

大きくなっていたんじゃないかと。

どちらかが心を休ませる役割を担えれば良いけど、2人ともに頑張れる力が強めだから

もっともっと出来るはずと潰れるまで気付けない気がすると。

甥とか姪だから、子供の精神状態にまで心を寄せられるけど

自分の子だったら、きっと要求水準が高いあまり結果を求めてしまうかも。ってね。

子供は驚くほどの理解力があるときもあるけど、場数も少ないし

あくまでまだ子供だという事を忘れないでいただきたい。

子坊主が保育園児の頃、保育士さんに謝られた事がある。

子坊主は口が達者だったから、ぽんぽんぽんと保育士さん達と乗り突っ込みみたいな

感じで話してたらしいのですが、つい子供なのを忘れてて、保育士さんは冗談と

ノリで会話して遊んでたけど、もしかしたら、子坊主が気にしている可能性も

あるから、すみませんでしたと。

そういう事ってありがちだから、保育士さんに逆に私が教えられた感じ。

 

段々とあっちこっちいってるので

この辺で。

 

 

 

んじゃ!

 

それって、受け入れてるの?愚痴なのでご注意ください。

こんちはー。

 

久々に湿度高い本日。

ちょっとお節介おばさん発動。

動向を気にかけてる男の子のブログの記事の話ですよ、えぇ。

んと、その記事に直接コメントを書くのが筋なのかも知れないけれど

何というか、意見は求めてないブログの記事に感じるのでコメントを

書き込むのを控えている。

けれども、ブックマークするほどでもないし、と、自己ブログで

思う事をただ書いてみる。

 

何というか、家族は受け入れてるって書いているけれども

全く受け入れてないじゃんと記事を他所からみるとみえるよね。

 

何というか、そりゃ、そうなると思うよ。

個人差があるからみんなではないけど、多分子坊主ならもっとひどかったかも。

親の都合というか、思惑?希望?想定?親としての世間からの評価?でしか

見えてないというか、そもそ自分達の理想のきょうだい児としての姿以外は

認めないし、その子自身を見てないというか見る気がない感じがする。

 

かわいそうな子に親がしてる感というか、そんな感じにみえてしまう。

 

何て言うか、とりあえず、読書感想文を何度も親が書き直させるのは

恐怖を感じるし、周りから親がよく見てやっていないと評価されるのが嫌だから

子供によくやって欲しいと思っているのかな?と私には思えてしまう。

 

 

んー、見れないなら、見れないって言えば良いのに。

良い親であろうとして逆に苦しめる親になってないか?と見えてしまっている

話を書きたかっただけです、はい。

 

何か、怒ってる。

部活と夏休みの宿題の話。

こんちはー。

 

さて、子坊主は夏休みの真っ最中ですよ、えぇ。

平日、スクールバスがある日は部活もあるのです、はい。

んでさ、本日は、学校の宿題調査日だったんですよ、えぇ。

 

2年生は、ワーク70%以上完了の進捗確認が出来たら部活OK

ワークの答え配布の確認日。

 

で、子坊主の話。

 

今年は珍しく、計画は立ててたんですよ、えぇ。

しかし、その70%以上というのが、子坊主は全体の事と思ってたら

昨日の部活の顧問(2年生の学年主任でもある)より、5教科それぞれが

70%以上と言われたらしく、勘違いしてたよと。

足りてない教科を夜遅くまで片付けておりました、えぇ。

成長したよねぇ。

 

無事、野球部全員合格だったそう、良かったねぇ。

2年生部員は子坊主を含めた2名以外は尋常じゃない体力お化けなので

勉強も得意な子も勉強が苦手な子も体動かすために何とかしてくるんですよ、えぇ。

小学生の頃もスキーシーズン中は、午前中体育館練習で、午後スキー場行くとか

夏は、午前中練習で、午後プールとか。

凄いよねぇ。

 

戻りまして、答えを丸写しではなく、きちんとする宿題。

70%だけでも随分違うよ、うちの子坊主にとっては、さ。

現在のところ、宿題のみの自主勉皆無の様子。

自分が困るだけの話なので塾とか通信教育とか自発的でない限り

やらせるつもりは無いので。

 

というか、親切だよね、今の中学の先生って。

まぁ、それだけ、学力の低下が酷いのかも知れないけれども。

 

 

んじゃ!

妹と昔、話した話。

こんちは。

 

昨日、里芋の話を書いたらちょっと思い出したので書いてみる。

 

妹が大学生か、卒業後か定かではないけど若い頃の話。

その時は、私も妹も実家に帰省中で地元の新聞の記事と言うかコラムと言うか

読者のページというか、とにかく何か特集のテーマの話をしてたんですよ、えぇ。

 

地方の優秀な子が都会に出て田舎の親御さんはかわいそうだと言う地元以外から

来て住んでる主婦の方の寄稿が掲載されていたんですよ、えぇ。

その記事を妹と2人で、何か、違和感あるよねーと話していたんです、はい。

私個人的には、家族って形変わるのは当たり前というか、

だからこそ良いと思っているんですよ、えぇ。

色んな形があるからこそ、維持できると思ってて。

この寄稿されてた方にとっては、家族は一緒に住むべきと思っているからこそ

そのような感想を持ったのだと思うけれど、それが全てではないので

積極的に外に出ろ!と言う方針の家もあるだろうし、

家縛りのある由緒正しい家柄の一族を存続させるのが第一の方もいるだろうし、

子供がある程度成長して家を離れるタイミングなのなら、近くだと

田舎あるあるで情報が入りすぎるから、しなくて良い心配もして

口出ししたくなっちゃったり、手を出したくなっちゃったり実際行動に移して

より複雑になっちゃうより幸せな気がするけど。とかさ。

少し距離があるからこそ、客観的になれて気付けることがあったりとか。

近くにいるから看取りが出来るのかと言ったら出来ない事もある訳で。

出来る形で出来る事を当事者たちがすればよいのであって。

とにかく、離れているからかわいそうで近くに居るから幸せとか

その方にとってはそれがイコールなのだろうけれども

少なくとも、妹と私にとってはイコールではない訳で。

色々、話してたなぁと思い出しましたよ、えぇ。

 

まぁ、幸せの形は、当事者たちが作っていくものでそれぞれで良いのだという事で。

 

 

じゃ!